ホーム
VIDES JAPAN
お問い合わせ
聖書の分かち合い(2022年7月 世界大会)

聖書の分かち合い(2022年7月 世界大会)

2022/07/18 | VIDES

2022年7月1日~5日にて開催された世界大会では、会議中に2日間に渡って、ボランティア、サレジオ会の霊性と照らし合わせて、実施されました。

テーマは、カナの婚礼の部分となっておりました。
この部分に対して、二つの観点から、今回の分かち合いが行われました。
それらは、新郎新婦の姿と、葡萄酒を注いだアンフォラ(運搬器)の比喩的解釈が中心でした。

新郎新婦の姿
カナの婚礼は、二人の新郎新婦がほとんど婚礼のシーンで登場せず、代わりにイエスの奇跡の部分が強調されます。
その箇所の解釈として、イエスが本当の意味での花婿であるから、二人の存在をあえてかくしているという解釈が一般的です。

しかし、ここから一つのサレジアンとしての解釈を入れることを、今回の世界大会では提案していました。
それは、この二人の隠されている新郎新婦が、若い青年のシンボルであるという解釈です。
若い人は多くの場面で発言権がなかったり、権力が少なかったりします。
そんな中で、静かにイエスの存在が強調されている場面に居合わせることが、カトリックの青年達には重要という意味を、付け加えています。

カナの婚礼は、イエスの奇跡が最初にあった場所として描かれています。
婚礼の主役であるはずの二人の新郎新婦は、イエスの最初の奇跡を見ています。
その姿を、これから成長していく若者と重ね合わせています。

アンフォラ(運搬器)の比喩的解釈
ヨハネの福音書2章6節に「水がめ」という言葉が使われていて、これがギリシャ語では「アンフォラ」と呼ばれる、「取っ手が二つ付いた容器」を表しています。
この水がめは、新共同訳の言葉では「ユダヤ人が清めに用いる石の水がめ」とされています。

世界大会の分かち合いの中では、この「イエスの最初のしるしを受け入れる人間の姿」と比喩的に解釈していました。
空の水がめは、私たち人間の姿で、これから起こるイエスの軌跡、救いの業を、どれだけ受け入れて、行動に移していけるか、そしてワインに変わるように、人格的に変化をしていけるのか、ということを考えさせる比喩となります。

先ほどの新郎新婦の比喩のように、イエスの業を強調するために、人間の姿が隠れており、空の「アンフォラ」は、人間の無力さ、イエスの力を受ける対象として、描かれていると、解釈されているようです。
今回の世界大会のテーマが、Reciprocity(受容性)であったので、イエスの恵みを受けて、その上でどのように宣教に出ていくイエスに従うか、ボランティアを通して考えるという意味があるのだと思います。

こうした修道会やその活動グループが、その霊性に従って自由な解釈を与えることは、大きく聖書の解釈がずれなければ、問題ないかもしれません。
その程度、聖書の解釈の多様性が許されるのかについて、今後も具体的に調べて、国際会議で使用することが、重要だと思います。私たちも、今回を機に、聖書の解釈の多様性については、考えていくことは、実りがあると思います。

(聖書の分かち合いを担当したEliane Petri Anschauさん)